東日本大震災

FMラジオの日曜午前10時から毎週放送される「パナソニック メロディアス ライブラリ」をほぼ毎週聴いています。今週(3月12日放送)は木村友祐著「イサの氾濫」です。今日は東北大震災が起きた日ですからそれにちなんでこの小説が採り上げられたようです。
この小説の初出は雑誌「すばる」2011年12月号ですけど、「文芸2012」日本文藝家協会・編 講談社発行 2012年4月発行にも選ばれて収められています。
以下はメロディアス ライブラリにメッセージとして投稿したものを一部修正・変更を加えたものです。
  
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まず小説のタイトルがちょっと変わっています。ま、だいたい小説のタイトルはどれも少々変わっているのでしょうけど。
「イサ」は小説を読んでいくと主人公の将司の叔父・勇雄のあだ名であることが分かります。「氾濫」もそれ自体普通の言葉ですが、「イサの氾濫」となると意味が取れなくなります。でも最後のほうを読むと何となく推測がつくような気がします。将司は自分が親族の厄介者叔父イサと同類の人間だと気が付きます。イサは幼い時から家族・親族から不当な扱い・差別をされ性格が歪み、周囲と衝突し、止められない暴力に走ります。将司も父親から弟と差別され不当な扱いを受けて育ったためなのでしょうか、すねた性格で世の中をうまくわたっていけません。周囲の人々への反発がくすぶっています。それで将司は自分がイサと同類ではないかということでイサ/将司という特殊な表記がされます。さらに大和民族に圧倒され東北を北へ北へと追いやられた昔の蝦夷たちが大和政権に対して怒ったいたように東北大震災で復興事業はなされるものの実質は政府からあるいは東北以外の国民から表立ってはいないけれど不当な扱いをされているイサ/将司を含む東北の人々が、将司の空想あるいは妄想では、馬に乗って闘い東北各地から列島を南下し関東以西に押し寄せるふうが「氾濫」という言葉で表されているのかもしれないと思いました。違っているかもしれませんが。

この小説は東北大震災前に書き始められたのですが東北大震災が起こったので書き直しをしたということです。
メディアなどが「ばんばれ」とか「応援してます」と被災地に向かってメッセージを送ったことについてですが、こういうことを書いています(p.291)。
・・・
「・・・遠ぐから『がんばれ』って言やぁ、本人は気が済むがもしんねぇけど、がんばんのは結局おらだぢだべ」
「そういわれれば、たしがに、どっかで苦労を押しつげられでおんだ」
・・・
被災者側からの率直な思いを書いています。

(投稿はここまでです)
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ネットで検索しますと未だ避難生活をしいられている人は17万人以上、仮設住宅(入居状態)が6万戸以上だそうです。6年経過したいるのにもかかわらずです。
さらに最近は避難生活者に対するいじめ、嫌がらせがひどいらしいですね。弱者を援ける人々がいる一方弱者をくじく人たちがいるということですね。立ち直ろうとして頑張っている被災者の方々をなぜ辛い立場で耐えさせなけらばならないのか、暗澹とします。
誤解を恐れずに書きますが「がんばって」という言葉があまり好きではないです。本人たちはすでに十分に頑張っているのです。
それと「花は咲く」という歌がありますが、この歌も僕は歌いたくないです。直接被害を受けなかった人たちが被災者を応援しているのでしょうけど。未だに花が咲く暮らしではない経済的にも心情的にも悲惨な生活を続けている人たちはどう思うでしょうか。応援歌を有難いと思う人だけではないように想像します。

弱者いじめは広島・長崎の原爆被爆者、ハンセン病患者、八代の水俣病患者の方々に対しても存在していたということですけど、悲しい事ではありますが人間性悪説ももっともかもしれません。ひょっとするとこういうことを書いている僕の心のどこかにも弱者に対する忌避感があることを否定できないかもしれません。


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意識する年齢


朝日新聞の1面に連載されている「折々のことば」という欄があります。筆者は鷲田清一さんです。ある人の小説とかエッセーとか話したことのうち鷲田さんが選んだものが書かれていて、その言葉に鷲田さんが添え書きをしています。
今朝(2月7日)は”ミラン・クンデラという人が書いた「不滅」という小説の中の表現です。それを写してみます。

たぶんわれわれはある例外的な瞬間にしか自分の年齢を意識してはいないし、たいていの時間は無年齢者でいるのだ。

その解説として鷲田さんは次のようのことを書かれています。

 60代とおぼしき女性がプールで若い男性教師に水泳を習っている。レッスンが済んでプールを去る時、ふとふり返り、彼に「色とりどりに塗り分けられた風船を恋人めがけて投げ」るような合図を送る。・・・

一般に殆んどの場面で本人は自分の年齢をはそれほど意識しないのですねぇ。その方が幸せだからでしょうか(笑)


今朝の「折々のことば」を読んで思い出したことがあります。
むかぁ~し、TVのある番組で宮崎県の幸島で独自に猿の研究を長年続けておられた女性がインタヴューされていました。聞き手は名前の売れたある芸人でした。その芸人は女性に「おばぁさん、おばぁさん」と呼び掛けていました。女性の名は三戸サツエさんといってサル学では名の知られた方だったのですけど。
三戸さんはいやな顔もせずインタビューに答えていましたが、内心どう思っていたか。番組を見ていた僕はかなり不愉快でした。いくら親しみを込めて呼びかけたのだと言ってもその日に会ったばかりだったでしょうし、家族・知り合いでもないのに、その女性を少々軽んじているように感じられたからです。「三戸さん」と呼べば良かったのです。


三戸さんはサルの長年の研究・観察でいわゆる「芋洗い」習慣を発見し、それは国際的な大きな話題となり称賛されたのです。その幸島で行われた京都大学のサル学の研究には助力していましたけれども大学の教授でもなく研究所員でもなく在野の研究者でした。誰に頼まれたのでもないし、誰かの真似をしていたわけでもないのです。独創的な研究手法も素晴らしいものでした。肩書がなかったせいなのか芸人は気安く「おばぁさん」を連発したのでしょうね。軽率ですよね。

三戸さんは後にその研究成果によって「科学奨励賞」を受賞されました。ネットで「三戸サツエ」で検索するとさまざまな記事が出てきます。



さらに今の世の中「おじぃさん」「おばぁさん」の呼びかけは少々失礼な印象を与えることが多くなったように思えますがいかがでしょうか。

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プロフィール

ゆたか

Author:ゆたか
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72歳 男 浜松市在住
病身なので更新は時々です。
なお植物の写真を載せていますがとにかく素人なので植物の名前は正確とは言えません。
小説も書くこともあります。
よろしくお願いいたします。

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