「新しい生活」   その7



                新しい生活


                 その7


さて先ほど皆さん欲が無くなってしまっていると申し上げました。さまざまな欲、例えば食欲などを挙げました。そのなかで言わなかった重要な欲があります。お分かりになる方おられますでしょうか。それは「金銭欲」ですね。お金への執着です。

ここ『平穏の郷』には無いものがたくさんありますが生活に一番大切だと考えられるお金がありません。商業活動もありませんし、報酬を期待する仕事もありませんし、お金に関係する銀行などのビジネスもありません。なにも無くても暮らせますからお金が必需品ではないんです。欲しいものはあまりないでしょうけど、基本的には買うのではなくて貰えます。お店ではありませんがお店のようなものがあってそこで貰えます。

ラーメンが食べたくなったらボランティアの方がやっておられる所で食べられます。無論ただです。お金を出す必要がありません。ここではそういう所を厳密に言えばおかしいのですけど都合上お店と呼んでいます。お店の人は金儲けでやっているわけでありません。おいしいラーメンと作って人に食べさせたいと思っている人たちですね。

食欲がないのにラーメンが食べたいと思う人がいるのはおかしいのでけど、そういう人がいるんですね。元々食べたがり屋で「あれも食いたいこれも食いたい」という東海林さだおのような人です。おなかが減りませんけど「あぁ、あの味をもう一度♪」とつぶやくんですね。

商店街がこの建物の向かいの路地に並んでいます。食べるものだけでなく、衣料、文房具、さまざまな店がありますのでたいていのものが間に合いますよ。本屋もありますが、新刊とか雑誌はないようです。古本屋と言ったほうが近いかもしれません。
やはりすべて無料です。

この建物の裏には図書館、体育館、それにコンサートホールなどもあります。しかしお店もほうもそうですが図書館なども利用者がとても少ないです。みなさんその気がないですからね。本も読まないし、おしゃれもしないし、体も動かさない。運動しなくてもメタボにはなりませんしね(笑)
これでやっと大体の説明が終わりました。長かったと思いますけど、辛抱していただきました。ありがとうございました。

「あの、質問があります」  一人の男が手を挙げた。

「え、はい、どうぞ」

               つづく




スポンサーサイト

「新しい生活」   その6



            新しい生活

             その6

ご説明が長くなってます。皆さんここを全然知らないわけですから、これからの生活全体、基本的なことを述べるには時間がかかりますのでご了解頂きたい。

さて、皆さんは生前の姿と殆ど同じ姿で座って私の説明をお聞きになっておられますが、お亡くなりになって体が死んだはずですね。肉体は『地上』つまり『この世』で滅びてしまったわけです。ここに座っておられる方々は実は皆さんの魂のみなんです。それなのに皆さんお互いの姿を見て認識できてるわけですが、そのわけは神さまから姿をお借りしているからです。

しかし姿は見えてはいますけれども実体がない。だからこそ不老不死であるわけです。年をとりません。そのまま十年、百年、いえ千年でもここでそのまま暮らすことはできます。

肉体がない、魂だけ、それは不老不死であるだけでなく実生活では結果的ですが『欲』がないことになるのです。先ほどから何度も申し上げているように何もする必要がないということ、そして実体としての体を失っていることなどから必然のことなんです。生存欲、食欲、性欲、勝利欲、快感欲、名誉欲、そして意欲、等々。
逆に欲がないから何もする気にならないということでもあるでしょうか。

あるいはやる気のある人には少々辛いところかもしれません。しかしやる気満々の方は残念と言うかここにはおられないようです(笑)。せいぜい退屈しのぎのボランティア活動をする方がおられる程度です。
皆さん平然としておられるようですけど、なかには『地上』に残された人々を思いやっておられる方もいらっしゃかもしれません。気に病んでしまっているかもしれません。そういう方のためにこの中ホールの隣にビデオ室があります。そこに行って申し込めば、ご家族の方とか職場の様子を見ることができます。見るだけです。
ただ見なかったほうがよかったという結果になるかもしれないことを前もってご忠告しておきます。

またここで長い期間生活をしていて退屈でどうにも耐えられないという方のもおられます。そういう方のために下の受付の隣の部屋には『生まれ変わり申込み所』があります。『この世』に戻れるます。赤ちゃんとして。
しかしこれまでの記憶など一切消えてしまいます。生まれ変わった人は前世では自分がどういう人間だったかをまったく思い出せません。
そうなると生まれ変わることはできても肉体が滅びたことに続いて魂つまり精神も滅びることになります。それで良いということならば生まれ変わることができます。
『地上』ではごくごく稀に自分の前世はこうこうだったと主張される方が出てきますがおおかた間違っていて見当違いですね(笑)






「新しい生活」   その5


               新しい生活

                その5

少々説明が長くなります。説明会は毎日行っておりますので、この辺で聞くのを止めたい方はご自由です。

さて、ここは『天国』ではありません、では『天国』はどういう所かということですね。実は私もはっきりしたことはわかりません(笑)。『天国』に行ってませんので。

でも大体のことは知っております。明るくて、暖かで、心地よい風が吹いていて、小鳥が囀り、色とりどりの花が咲いていて、小川のせせらぎが聞こえ、天使たちが笑いさざめいている。そういうところですね。みんな不老不死です。人々は笑顔を浮かべ、いさかいもせず、満ち足りた表情をしている。

しかしです。ここ『平穏の郷』も捨てたもんではありません。平穏で、静かで、暖かく、気持ちいいですよねぇ。しかも同じように不老不死です。ただし、『天国』とははっきりと差があるんです。『天国』では人は幸福感いっぱいです。なんの不満も感じません。なぜかは知りません。恐らく『天国』にいられる特典として神から幸福感を与えられている。そして永久に『天国』にいられる。

でも『平穏の郷』にいる方々はその幸福感というのを与えられていません。幸福感を持てませんが穏やかに過ごせます。何もしなくてもいい。そのまま暮らしていかますけれども、ひょっとするとそのことは退屈につながるかもしれません。すべての方が退屈になるかというと、そうではないですけど。殆どの方は何もしなくてもそのまま時が流れていくのをそのまま過ごしていけるのですが、退屈を感じた方は辛く感じるかもしれませんね。

この差は大きいです。『天国』に行けた人は『地上』つまり現世で人の世に大いなる貢献をした人です。あるいは自分の身を犠牲にした人です。エリートです。そういう人は滅多にいません。例えばノーベル賞も受賞したからといって必ずしも『天国』に行けるものではないようです。ノーベル賞を受賞した方がこの説明会におられたことがありますから。

先ほど退屈になると辛いという気持ちになるかもしれないと申し上げましたが、何もしなくてもいいけれども、何かしたい人はしてもいい。本当の意味でのボランティア活動ですね。日々の暮らしにはりができる。これはとてもいいことで幸福とも言えますね。何でもいい、『地上』でしていたことは殆どできますよ。私の説明会の仕事もボランティアです。できないのは人殺しとかそういうことですね。人のためになることに限られます。いろいろできます。

ただやはりそれでもいつか飽きてしまう。何十年もたてばそうなります。

「新しい生活」   その4


            新しい生活

             その4

中年の男性が出てきて話し始めた。

お待たせしました。では説明会を始めます。私は小川と申します。どうぞよろしく。
今日も大勢の方々がここにおられます。最近では多いほうでしょうか。年代的には当然高齢の方が多いのですけど、若い方もおられますね。

さて年齢に関わらず皆さんが今抱いておられる疑問は、「ここはどこか?」ということだと思います。もう受付でお知らせしたとおりここは『この世』ではありません。では『天国』とか『極楽』かというとそうではありません。もちろん『地獄』でもありませんし『黄泉の国』でもありません。死後の世界、あるいは死者の世界ということになりますけど、それではどういう所かがよくわからない。それで正式ということではないですけど使われているのは『平穏の郷」です。ただ私たちは普段ここを単に『ここ』と呼んでいます。皆さんが今まで『この世』と言っていた所は『地上」と呼んでいます。

皆さんのお顔を拝見しますと穏やかで何事もないという印象を受けます。なかには何となく晴れやかでしかもかすかな微笑さえ浮かべておられる方もいらっしゃるようです。気落ちしたとか嘆いているという方はあまりおられないようです。殆んどの方が死にたくないと切実に願っておられたはずなのに、そして亡くなられてしまったにもかかわらずです。

なぜか皆さん解放感に満ちていらっしゃる。そうじゃないでしょうか。もうあくせく生きていく必要がありません。耐える必要がありません。辛いことからも逃れておられる。受験、仕事、はてしない競争、家事、育児、介護、あるいは病苦、虐待、いじめ、いさかい、裏切りなどなど。そういうすべての辛いことから解き放たれています。
幸せだと感じておられた方もその幸せを維持しなければならなかったですね。そのようなストレスとかも今は無くなっている状況ですね。

皆さんは『地上』に遺された人々を深刻に思いやることもないのでは。もうどうしようもないわけです。どうにもならない、どうなるわけでもない。責任も義務も感じない。まるで他人事のようにです。言い過ぎでしょうか。

個人的に私はこれは70年ほど前の終戦のときの人々の心理と似ているのではと思っています。もう戦争はない、だから死ぬことはない。その解放感たるや私たちが想像する以上ではなかったかと思います。おおっぴらには言えなくてもです。家が焼かれた、肉親が空襲で死んだ、夫や息子が前線で死んだ、そういうことがあったにもかかわらずです。妙に明るい気分が日本の人々、あるいはその一部を支配していた、私の想像ですけどね。
私たちは死者、戦後生きぬいた人たちは生者の違いはあっても心理的なものは似ている。

私が生前ロンドンに行ったおりに向こうの人にある絵を見せられたことがありました。広場で大勢の人が輪になって歌って踊っている。その輪の中は燃え上がる炎が描かれている。炎に照らされた踊る人たちの顔は狂喜に近い表情です。何の絵か。ペストが大流行した後、生き残った人々の死の恐怖から逃れた喜びの狂宴でした。





「新しい生活」   その3

 
 


                新しい生活

                その3

中ホールはかなり大きくて大学とか予備校の階段教室のようだった。もうすでに席は半分ほど埋まっていた。中ほどの席に座って説明会が始まるまで待つことにした。座っている人たちは黙って何もせずじっとしている。やがて先ほどの女性が隣の席に座った。「よろしいでしょうか?」 「あぁいいですよ、どうぞ」

「やはり私たち死んでいるんですね。でもそのことがはっきりしても全然気持ちが穏やかなんです。おかしいですね」
「そう、僕も取り立てて動揺したとか落ち込んでいるということがないんですよ。とても不思議です。ま、そのほうが楽と言えば楽なんですが、しかし自分でも少し不謹慎かなとか思ったりします」 
「私、病院のベッドで苦しんでいるときに死ぬことが怖くて怖くて、そして夫や子供を残して死ねない、無念だ、いろいろありました。病気の辛さ、治療の辛さに加えてそれらのことも押し寄せてきていて、もうどうしようもないって・・・。でも今そんな苦しみや悩みはどこに行ったのかなって」

「すみません、ご病気だったということですけど、何の病気だったのですか」
「卵巣がんでした。余命2ヶ月と診断されて、3ヶ月経って今ここにいます」
「そうですか、ごめんなさい、ぶしつけなことをお聞きして」
「いえいえ、そんなこと。貴方も亡くなっておられるのですし」

「僕は毎日の仕事や家庭のことでいろいろ悩むことがあったのですけど、わずかな小市民的な幸せの中にいたように思います。しかしいろいろなことが今は全部パァーになってしまって。でも、まるで他人事とかあるいは遠い過去に感じられてとまどっています。僕がいないことで仕事が滞っていないだろうか、妻が嘆き悲しんでいるのではないか、などということにあまり気が向かないんですよ。遠い過去のことのように、あるいは他人事のように思えるんです」
「そう、そう。そうですよね。まるで他人事のようね。夫や子供は私がいなくなってどうしているんだろうか、悲しんでいるのだろうか、困っているんではないか、そういう妻としての母としての心配もしていないんです。私本当は冷淡な人間じゃないんだろうかなんて」

前方の演壇で、スタッフが説明会の準備を始めたようだ。

               つづく





「新しい生活」  ミニ小説  その2



            新しい生活

             その2

アナウンスがあって前に座っている男が立ち上がり窓口の一つに向かった。それから数分後今度は僕の番号がアナウンスされた。「受付番号491番の方、窓口19番にお越しください。受付番号491番の方・・・」 僕は隣の女性に軽く会釈して、窓口19番へと向かった。

「491番の方ですね。お名前は遠藤周一さん。念のために生年月日をどうぞ」
「昭和57年11月13日」
「はい。ではどうぞお掛けください。たまに同姓同名の方がおられるのでお伺いしました。どうもお待たせしました。私は大森と申します」 中年の男の係員が言った。
「えー、ではこれがここでの貴方のIDカードになります。ID番号は印刷されているとおりJH290511-127-491となります」 受け取ったカードは自動車の免許証に似ていた。写真も付いている。いつ撮ったのだろう。
「写真は入り口で自動的に撮らせてもらってます。このカードほとんど使うことがないとは思いますが、特別の申し込みに必要になることがあります。なくさないよういつも身に着けるようにして下さい。

それでですね、もうお気づきのこととは思いますが、ここはいわゆる『この世』ではありません。私たちはここを単に『ここ』と言っています。貴方がこれまで過ごしていたところを言うときは『この世』とは言わず『地上』と呼んでいます。ちょっとややこしいでしょうか」
「お気の毒ですけど・・・つまり田中さんはもう生きてはいなくて死んでおられます」と大森さんは申し訳なさそうな顔をして言った。 あぁそうか、やっぱり死んでいるのか。

「トラックと衝突したことは覚えておられますよね。それでほぼ即死の状態でした」

しかし「死んでいる」と告げられたにもかかわらずそんなにがっかりしたとかショックを受けることがないのがとても不思議だ。むしろ当たり前のようで平然としていられるのだ。
「多くの方が死んだと聞いても今のあなたのようにむしろ平然としておられます。なかにはショックのあまり錯乱されたり泣いたりする方もおられますがごくまれですね」

「ここでのこれからの生活とかを2階の中ホールで説明致します。そうですね、今から十数分ほどで始まりますので中ホールの方へ行ってお待ち頂きます。もし何かご質問があれば伺いますが」
「ここは天国ですか?」
「いえ天国ではありません。そのことについては中ホールで説明があると思いますので。他には?」
「ありません」
「ではこれで受付は終わりました。お疲れさまでした」

                 つづく




「新しい生活」  ミニ小説  その一


            はじめに

このところ更新が滞っています。寒くてなかなか外に出かける気にならないので写真を撮っていないせいです。
そこでこの機会にこれまで頭の中ではかなり描けているミニ小説を掲載してみようという勇気が出てきています。どうしようか・・・。
♪着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます♪ という歌が昔ありましたが、読んで貰えぬものを書いても無駄なこと。しかし「書きたいのなら書きなさい」って別の声が聞こえてくるんですねぇ。

ということで書き始めてみます。途中で頓挫するかもしれませんがそれもご愛嬌かも。



             新しい生活

              その1

入り口に小さい器械が置かれていて、ボタンを押すと受付番号が印字されて紙切れが出てきた。491。
中に入ると意外にかなり大きくて、大病院の待合室のような感じだ。3人は座れるそうな長いすがたくさん並んでいる。大勢の人が呼ばれるのを待っているようだ。適当にあいたところに座る。これはだいぶ待たされるかな・・・。前方を見ると窓口もたくさんある。
しかしだ、なぜ僕がここにいるんだ。なんの受付なんだろか。頭もぼーっとしているようで、わからない。
ここに来る前は・・・。そうだ、社の車で本社からK営業所まで向かっているところだった。○○街道と呼ばれている混んでいる道を走っていたんだけれども・・・、突然向こうからセンターラインを越えて大型トラックが目の前に。

     ア~~~ッ


・・・しかし、その後の記憶がない。
ということはやはりここは病院だろうか。でも、僕はどこも痛くないしなぁ。どういうことなんだろうか。

「あのぉ、ここいいですか」 入り口から入ってきた若い女性が話しかけてきた。僕は「えぇ}と言って小さくうなづいた。その女性は腰掛けてから、落ち着きがなくあたりの様子を見ている。
「ここはどこなんでしょうね?」 僕に尋ねてきた。
「いやぁ、僕もわからないんですよ」 僕は前の長いすに腰掛けている年配の男に聞いてみた。
「ここどこなんでしょ?」 男は困惑気味の顔つきで、「私もわからんです」と言った。

しばらくの間、それぞれ黙って座っていたが、女性が言った。
「私はここに来る前には病院にいたんです。苦しくて辛くて。お医者さんとか看護師さんとか家族が私のベッドのまわりでおろおろしていたようなのですけど、それっきり分からなくなって、気がついたらここにいるんです。あなたは?」 
「僕は自動車事故に遭って、それからの記憶がないんです」 
「そうですか・・・。もしかしたらなんですが、ひょっとしたら私たち死んでいるんではないでしょうか」
「うむ、僕もそうかもしれないと今考えていたところです」 

「だからここは・・・天国?」 僕と女性は同時に同じことを口にした。

                 つづく



プロフィール

ゆたか

Author:ゆたか
「ゆたかのブログ 2」へようこそ!
72歳 男 浜松市在住
病身なので更新は時々です。
なお植物の写真を載せていますがとにかく素人なので植物の名前は正確とは言えません。
小説も書くこともあります。
よろしくお願いいたします。

訪問者 カウンター

ご訪問ありがとうございます

検索フォーム

ブログ村

人気ブログランキング