小説 「新しい生活」  その21

         その21

「『枯れてしまう』という意味わかる?」
「えぇ、津村さんに教えてもらいました。つまり魂も死んでしまうということですよね」
「そうそう。そういうこと。僕はまだ枯れたくないな(笑い)。君だってまだまだここでは長いことやっていけそうだもんな」

「そういえば川上さん、どうしてる?」
「案内ツァーの後分かれてから会ってないんです」
「へ~、そうかい。わしはまた君たちは行動を共にしてると思ってた」
「それはないですよ」
「そうか。あぁ、でもね、うわさをすれば・・・ということだな。あははは。こっちに歩いてくるのは川上さんじゃないかな」
「あ、そうですね」
川上さんが僕たちにに向かって手を振りながら近づいてきた。

「こんにちはぁ~」
「こんにちは」
「やぁ、ひさしぶり」
「どうしてここへ?まるで遠藤君がここにいることが分かってるみたいだな」
「そんなことないですよぉ。まったくの偶然です」
「そうです。ほんと偶然ですねぇ。ちょっとびっくり」
「そうだとするとわしもびっくりだね。二人の波長があってるんじゃない?」

「このまえ案内ツァーをして頂いてから、どのくらい経っているのかしら。ぜんぜんわかりませんわ」
「そうだなぁ。どのくらいかなぁ。わしにもわからん(笑)」
「何時間経っていようが、何日経っていようが、あまり気にならなくなってきました」
僕が言った。
「そうね、ほんとね。私は『集会所のようなところ」にいたんですけど、考え事したり居眠りしたり、隣の人とちょっと話をしたりで時間が過ぎたんですけど、どのくらい経ったかなんて考えなくなりました。失礼、コーヒー貰ってきますね。川端さんは?」
「わしなんか、ここに居座っていてもう何杯飲んだか。今はパスだね」
「僕もコーヒー、もらってこようかな」
「あ、私がついでにもらってきてあげます。何がいいんですか?」
「え?頼んでいいのかな。すみませんブレンドで」
「わかりました。行ってきま~す」

「若いっていいね。川上さんといるとなんかわしの気持ちも若やいでくるよ。嬉しいね」

         つづく
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新緑

昨日はとても良い天気でした。
久しぶりに佐鳴湖へ行って散歩して写真も撮りました。新緑といってもかなり緑が濃くなった新緑でした。

028 新緑 4-1 20160426

色は緑ですけど、まるで火山の噴煙のようなすさまじく湧き上がってくるようなパワーを感じます。

小説 「新しい生活」  インターミッション 及び その20

           インターミッション

とうとう「その20」まできました。いつも思うのですがここまで長くなるとはとにかく自分でも意外なんです。
最初は「ミニ小説」とうたっていたのですから。それが書き続けていると自然に小説自体が僕とは無関係に一人歩きしだしたのです。面白いです。自分で書いていて自分で面白いとはちょっと言いすぎかなぁ。この「面白い」とは小説の内容が面白いという意味でなくて、書き手として小説の進み具合が順調なことを言っています。しかし見方を変えると僕には計画性が無いと言うこともできますね。
登場人物も僕の描いていたのがさらに延長されたり、あるいは広がっていきますし、新たに登場人物が出てきてくれるので、どうしようかなどと思わないでいいのはその点では楽なんですけど。
これからどうなるのでしょうか。あるいは急にエンドとなるかもしれないし、あるいはまだまだ長引くかもしれません。


           その20

「あら、もう随分と長いことお話してしまったようね。ごめんなさいね。そろそろ失礼しなきゃ」
「どのくらい時間経ったのか全然わかんないですね」
「そう、わからないわね。でも貴方の時間を私が使っちゃったみたいね」
「いえ、そんなことないです。何していいかわからないし」
「またいつでもお話できるから。だいたいは私は隣のマイ・ボックスにいますから、来てね」
「ありがとうございます。寄らせて頂きます」
「お待ちしてます。今日はどうもありがとう」
「こちらこそありがとうございます」
「あら、まぁ私おかしいわね。『今日は』何て言ってしまって。もう今日も明日も無いのにねぇ、ははは」
「はぁ」
「じゃあね」
「またお願いします」

人と話すと疲れるのだろうか、ボヤーとしていたらまた居眠りをしてしまったようだ。

ふと目覚めて、さてこれからどうしようか、また本を読むのも飽きたしなぁ、と考えていたけど何も思いつかない。そうだまたあの街のカフェにでも行ってみようかな。


カフェに行くとちょうど川端さんがいた。川端さんと川上さんの他に知った人がいないのでちょっとほっとした。
「こんにちは」
「おぉ、ひさしぶりぃ。えーと、遠藤さんだったよね」
「はい」
「ここにまた来ると思ってたよ」
「お見通しのとおりで」
僕は苦笑した。
「どうしてた?」
「マイ・ボックスを借りて、本読んで、それから隣のマイ・ボックスの方と話して」
「なんという人?」
「津村さんという年配の女性」
「お、津村さんか。そうか。その人なら僕も知ってるよ。話好きな人だろ」
「えぇ」
「そうか、隣人ができたんだね。いいことだ。うん。ここでは話をすることが一番いいみたいだからね。枯れてしまわないからね」

           つづく

小説 「新しい生活」  その19

           その19

「津村さんはどうしてここに?」
「転んだの」
「転んだ・・・」
「そう、家の中でね。食事の後片付けを娘としていてね、お皿とか持ってたの。テーブルの脚に足先が当たってお皿を割らないようにと思ったら転んでしまって。床に頭をぶつけたようでね。ショック死だったようなのね」
「・・・」
「よく言うでしょ。ぴんぴんコロリで死にたいって。まさにそのとおりだったのよ」
「はぁ・・・」
「運が良かったのよ。おかしいわね。死んでしまったのに『運がいい』なんて言うなんてさ」
「運がいいのか、悪いのか」
「運が良かったの、そう運が良かったの。寝たきりになったりしなかったし、辛い治療もしなくてすんだし、羨ましがられる死に方で死んだのだから。運が良かった」
「羨ましがられる・・・ですか」
「そうよ、旦那も先にこっちに来てたしさ。長生きしてももうそれほどの楽しみというのがなかったしね。そりゃ、孫やひ孫の成長が楽しみと言えば楽しみだったけど、それにおいしいものを食べられるのも楽しみだったしね。でもどうしても長生きしなきゃということがなかったわ。死にたくないという本能的なものはあったけどさ。そんなことを思うまもなくコロッて逝ったんだから理想的ね」
「そうですか。未練はなかった・・・」
「そう未練はなかった。と言うより未練を思うこともなかったのよ」


「僕のように事故で死んでしまうのもあまり違いはないかな」
「あぁ、そう。貴方は事故だったの」
「はい」
「ご家族は?」
「妻と僕の両親です」
「そう・・・。お子さんは?」
「いませんでした。妻は欲しいって言ってましたけど」
「私の場合と貴方の場合とはずいぶんと違うわ。貴方はとにかく若いし家族に頼られていたんでしょ? 私はまぁ長生きしてさ、もう死んでもいいって頃だったのよ。そりゃ娘夫婦とか孫、ひ孫はさびしくなったでしょうけどね。それでも私の場合と違って貴方も貴方の家族もとっても可哀相よ。可哀相・・・」

              つづく

小説 「新しい生活」  その18

          その18

「貴方、ご家族は?」
「妻と両親です」
「そぉ、遺された人たちは悲しんでいるわねぇ」
「そうだと思います」
「心配よねぇ」
「はい」
「ビデオ室行ってみた?」
「いえ」
「そうねぇ。行って見たところでどうにでもならないし」
「どうにもならないですよねぇ」
「そぉ、どうにもならないのよ」
「でも遺された妻とかに対して冷淡かなとも思います」
「そんなことないわよ、そんなことない」
「そうですか?しかし・・・」
「だって今も気にはしているんでしょ。ビデオ室で家族のその後ことを見て知ったとしても、それが冷淡ではないということにならないでしょ?」
「はい・・・」
「知らないほうがいいとも言えるわよ」
「知らないほうがいい・・・」
「そ、知らないほうがいいの。これからの貴方の家族の生活とかは、それはなるようにしかならないのよ。貴方は十分家族のことを大切に思っていたのよ」

「おばさ・・・、いえ津村さんにはお子さんは?」
「いなかったの。だから気がかりになることは何にもなかった。な~んにもね」

     つづく

「新しい生活」   これまでのあらすじ

          これまでのあらすじ

会社員遠藤周一は事故に遭い「あの世」に逝ってしまう。「あの世」つまり死者の世界ではそこ、つまり自分たちがいる所を『平穏の郷』と呼んでいる。あるいは単に「ここ」とも呼んでいる。ほぼ同じ時間に主婦川上裕美が病気のため「あの世」に旅立った。つまり『平穏の郷』に来た。新たに『平穏の郷』に来た人たちを集めて「説明会」が行われて、『平穏の郷』はどういう所かどういう生活になるかの説明があった。その後二人は街にでてカフェでコーヒーを飲むがそこで先輩(既に『平穏の郷』に来ている人たちのなかの一人)である川端康夫の好意で『平穏の郷』の案内ツアーで主な施設を巡る。そのツアーの後、遠藤周一は誰でも借りることができる「マイ・ボックス」(ビジネスホテルの一室のようなもの)を借りて、そこでやはり先輩の女性、津村節代からもいろいろ教えてもらう。



          主な登場人物

   遠藤周一 元会社員 『平穏の郷』で新しい生活を始めた
   川上裕美 元主婦  遠藤周一と同じ日に『平穏の郷』に来た
   小川さん  相談室の相談員  説明会で『平穏の郷』の生活を説明した
   川端康夫  『平穏の郷』での先輩
   津村世津子  『平穏の郷』での先輩

あの世の話

今朝のNHKラジオ第1の「ラジオ文芸館」(8時5分~8時45分)の放送は池澤夏樹作「上と下の腕を伸ばして鉛直に連なった猿たち」でした。

内容はあの世に旅立った叔父が既にあの世に逝ってしまっていた姪と再会し二人の思い出話が中心でした。ただ朝8時台の放送でしたので、僕の頭にはまだ靄がかかっていて細かいところとは覚えていません。
この小説は池澤夏樹が書いた単行本「砂浜に座り込んだ船」(短編集)の中に収められた一編です。去年の11月に発売されている新しい本です。ちなみに僕は「新しい生活」を去年の2月から始めています(そんなになるんだなぁ。中断していましたしね)。

「上と下の腕を伸ばして鉛直に連なった猿たち」の設定が僕の書きかけの小説「新しい生活」の設定と似ていなくもありません。
また細かいことですが「新しい生活」ではあの世で暮す人たちが自分たちのいる世界を「ここ」と言っていますが、今日の放送の小説では彼らは今自分たちがいる所(あの世)を「こっち」と言って表現していましたので何となく面白かったです。

「新しい生活」を継続して書き続けようと思った翌日にあの世での叔父と姪との思い出話という内容の「上と下の腕を伸ばして鉛直に連なった猿たち」が放送されたのも何か因縁を感じさせないでもありません。


なおラジオ文芸館では先週は藤沢周平の「女下駄」、そしてさらにその前の先々週は小川洋子の「曲芸と野球」を放送しています。
僕が好きな作家はと聞かれたらまず藤沢周平、そして小川洋子をあげますが、その二人の作品がこの2週続けて放送されたのもまたなにかとても不思議な思いがします。



ブログ再開

やめるといっておきながらまたまた性懲りもなく再開しました。「もう呆れてしまう」という声が聞こえそうですけど。

昨年十月に家内が亡くなりました。多発性骨髄腫でした。
6月に痛みと貧血の治療で入院したのですけどすぐに脳内出血も起こし、意識不明のまま5ヶ月経ち、力尽きました。

僕も前立腺がん(ステージD1)です。治療中ではありますがこの段階では前立腺がんは治るものではなくあと何年生きられるかという延命のための治療です。

家内と僕の病気はほぼ同じ時期(5年前)にわかりました。仙台に在住していたころです。二人とも病気が重くなっては二人だけの仙台での生活は無理ということで、家内の妹さんのいるここ浜松に4年前に引っ越してきました。妹さんにはずいぶんと世話になりました。

辛い日々でした。そして辛い日々をおくっています。



休んでいる間にもこの拙いブログに来ていただいていました。どうもありがとうございました。

カメラを持って野草などを撮ることはもうできそうもありません。
しかし途中で書きかけたままになってしまっている「新しい生活』を何とか書き続けたいと思い、再開とすることにしました。
このブログを続けることが辛さを増すことになるやもしれませんがやってみようと思います。

今までと違って暗く沈んだブログになりそうですが、どうぞよろしくお願いします。


プロフィール

ゆたか

Author:ゆたか
「ゆたかのブログ 2」へようこそ!
72歳 男 浜松市在住
病身なので更新は時々です。
なお植物の写真を載せていますがとにかく素人なので植物の名前は正確とは言えません。
小説も書くこともあります。
よろしくお願いいたします。

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